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2010年1月14日 (木)

「シネマホリック+新春SP」テキスト化 1/3

元旦にCS放送・日本映画専門チャンネルにて放送され、光石研さんがご出演された「シネマホリック+新春SP」の内容をUPしますね~。長いので3分割してUPする予定ですが。。。何せ文章に起こすとすごいボリュームでcoldsweats01とりあえず第1弾です。

MC:相島一之さん(以下””)、岩橋道子さん(以下””)
ゲスト:光石研さん(以下””)、田中要次さん(以下””)

「日本映画専門チャンネルをご覧の皆さま、あけましておめでとうございます。司会の相島一之です。」
「岩橋道子です。」
「あなたの見たい新作日本映画がきっと見つかる『シネマホリックプラス』、本年もよろしくお願いします。」
「さて相島さん、今日はいつもと違う、スタジオじゃない場所に来ております。しかも、今日は新春にふさわしいゲストのお2人に来ていただいております。さらにいつもの20分の番組を40分に枠を広げてお送りしたいと思います。」
「特別版ですねぇ。ゲストのお2人もボクがとっても会いたかった人です。」
「私もとってもお話楽しみにしてます。ではお待ちいただいてるんで早速。。」

ここで、トークの場となる「水月ホテル鷗外荘」の紹介が入ります。
その後、いよいよ光石さんたちご登場。。。

「あけましておめでとうございます。」
「本日はどうぞよろしくお願いします。」
光・田「よろしくお願いします。」

和室に4つお膳が並んでいて、左から岩橋さん、相島さん、光石さん、田中さんの順にお座りになっていました。

「ご紹介させていただきます。本日のゲスト、俳優の光石研さんと田中要次さんです。よろしくお願いします。」
光・田「お願いします。」

ここで、光石さんと田中さんのプロフィール紹介が入ります。

ナレーション「本日のゲストは相島さんとも友人というこのお2人。光石研さんは福岡県出身の48歳。1978年映画『博多っ子純情』でいきなりの主演デビュー。その後も日本を代表する名監督たちの作品の数々に出演し、今や日本映画界になくてはならない、個性派俳優の1人。」

ナレーション「そして、鉄道マンから転身した長野県出身の田中要次さん。一度見たら忘れられない存在感で、出演した映画は数知れず。1989年、知り合いだった山川直人監督制作のミュージックビデオに出演、以来役名のBoBAと呼ばれている。」

VTR明け、ビールで乾杯しながら。。。

「あけましておめでとうございます。」
光・田「おめでとうございます。」
「本日どうぞよろしくお願いします。」
「お正月っぽいですね。」

「では、早速来ていただいた、まずは光石研さんのプロフィールをセレクトして。。」
(過去6年間の出演作のフリップを見ながら)
「6年間でこれだけ出ている。。」
「朝行ってね、もう9時半に終わった仕事とかあんですよ。これ(フリップを指さす)」(笑)
「2004年から6年間のものだけを。。。この2008年の17本、『あんた出すぎグランプリ』というインターネット上で1位。」
「(田中さんに)そんなのあんの?」
「あるんですよ、役者さんの出演本数をカウントしてるサイトがあるんですよ。」
「BoBA、それは俺はよく知ってるよっていう口ぶりだよね。」
「ボクは2001年から3年か、4冠くらいグランプリもらったんで。」
「そうですよね。(田中さんのフリップを見ながら)2004年からなんですけど、19本、15本、14本、2009年も12本。これだけ大活躍してらっしゃるっていう。。」
「すごいね。」
「だからね、9時半に終わるような仕事やってますから」(笑)

「ご自身に書いていただいたプロフィールもちょっと。。。光石さん、16歳デビューで18歳で上京、(31歳母他界、)40歳でお酒を覚える。。」
「え?そうだったんですか?」
「うん」(笑)
「44歳で禁煙する」
「そう」

<生まれ故郷・福岡について>

「「研ちゃんは、博多の出身ですか?」
「ボクは、北九州市の八幡っていう、八幡製鉄所のお膝元で生まれ育ったんですけど。。」
「北九州の方たちに言わせると、実はその辺が重要なんですよね?」
「そこは、ヒエラルキーがあるわけですよ。博多を頂点とした三角形があるわけですよ。」
「ちなみに博多の方はどなたなんですか?」
「武田鉄矢さんもそうですし、小松政夫さんもそうですし、陣内さんもそう。。」
「陣内さんは博多なんですか?」
「陣内さんはね、高校が博多の高校、ちょっとおぼっちゃん学校で」
「西南高校?」
「西南高校。あとは、松重豊さんとかね、鈴木浩介くんとか。」
「んで、研ちゃんはそのヒエラルキーの中でいくと、(指で△を作って)」
「ボクとかでんでんさんとかぁ、(△を指差し、)この下の方。。」(笑)「ちょっと柄悪い。。(笑)」
「柄の悪い」(笑)
「でも、私北九州大好きで、演劇とかすっごくバックアップしてる町なんですよね。」
「ま、今はそうらしいですね。」

<学生時代について>

「俳優という職業にむちゃくちゃ興味があったわけですか?」
(光石さん、お口もぐもぐしながら首を横に振る。)
「全くない?」
「もうゼロですよ、ゼロ。」
「八幡でブイブイ悪いことしてた悪ガキって感じですか?」
「悪いこともなーんもしてないです。ま、周りは悪かったですけどね。ただ、クラスで先生のモノマネしたり、(自分の周りを指差して)この辺の人たちだけを笑わすようなことばっかりやってたんですよ。でも人前に出ると、全然何もできなくなって、下向いちゃって、っていうタイプだったんですよ。」

「それで、博多でデビューして。。。あれは?『博多っ子純情』は?16ですか?」
「(大きく頷きつつ)16。オーディション受けたんですよ、友達が受けようっつって。エキストラ募集があるから、で、1日1万で5日あって5万になるから。。」
「それは大金ですもんね。」
「で、そいつが全部写真も撮ってくれて、履歴書書いてくれて、出しといたからっつって。」
「でもさ、エキストラじゃないじゃんsign03主役になっちゃったわけでしょ?」
「ま、たまたまですよ、そんなの。」「で、前の日ケンカしてたの。そーだそーだ。んで、今でも傷残ってんですけど、絆創膏貼ってたんですよ。そしたら『君どうしたの?』って言われて、『昨日ケンカしました』って言ったら『ちょっとケンカのマネとかやってみてよ』とか言われて」(笑)

<曽根中生監督について>

「監督がこれ、曽根中生さん、俺あの『天使の教室』がすっごい好きで~。どんな感じでした?」
「いやもうね、すごい怖い人だったですけど、俺には、やっぱ素人だからぁ、いっさい何も言わなかったですね。『ここ、こうしてこうしようか?』くらい。そのかわり、プロの俳優さんには、もー何十回、何百回やってましたよ。ただ歩いてたばこ捨てるってだけのシーンで。こんなこと何度もやらされるんだ~って俺は横でずーっと見てましたけどね。」

<BoBAの由来について>

「細かいことは、まだ料理も出てないから、また料理が出てからにしましょう。」「で、BoBA、っていうかさ、何度もいろんな所でしゃべってると思うけど、なんでBoBAっていうの?」
「私もそれ聞きたかったんです」
「最初にやった役名ですよ。」「初めて出演した山川直人監督の『Seek and find』っていうミュージックビデオなんですけど、基本形は。それの小さなショートムービーの中での役名。そのアーティストのバンドメンバー役。」
「へぇ。」
「ボクは、その役をやった後に、上京して映画のスタッフに入ったんですよ。『119』とか竹中(直人)さんの映画『無能の人』で照明部だったんです。それでたまたまカメラテストのモデルやったんです。『ちょっとオマエ、竹中に髪型似てるから立て!』って言われて。それを見て竹中さんが『なんだコイツ、面白い顔してんな。ちょっと出てもらおう』って話になって。」
「カウンターのシーンだよね?立っていらっしゃる人って内藤陳さん?」
「そうです。意外とすごいメンバーが。。。チェッカーズの藤井尚之さんとか」
「えぇぇぇ?」
「意外とワンカットにすごいメンツがいるんです。」

<俳優への転身について>

「そうですか。。。ってか、(フリップを見て)なんか事故とか多いねぇ?」(笑)
「そうなんすねぇ。。」(笑)
「追突事故、トラック事故。。」
「ある意味、それが僕にとってターニングポイントになっているんで。。」
「で、この照明トラックで事故された時に、スタッフ業も引退されて、役者一本で行こうという風に。。」
「その時もなんて言うんでしょう?ま、竹中さんの映画でも2度目だったんで、進歩のない形で参加してるのはなんかな~と思いながら、また同じ形で参加してたんです。で、なんかこう2作目の時は自分も悶々としてて、ある徹夜の撮影の朝に事故を起こしてしまいまして。。。照明の先輩から『2度とスタッフで来るな!』って喝入れられたんです。それは、役者だけやれって言われてる気がして、ま、もしかしたらホントにスタッフ失格って言ったのかもしれないけど。」
「でも、それは大きなある意味すごい転機ですよね?」
「そーですね、だからそこで踏ん切り付けてなかったら、照明部ずっとやってたかもしれないですね。」

<相米慎二監督について>

「で、研ちゃんの、デビューの頃の話に戻しますけれど、曽根中生さんでしょ?その後山田洋次さんでしょ?そして相米慎二さんでしょ?なんか、すごい人ばっかりに最初しごかれたっていうか。。」
「めっちゃくちゃ怒られたよ、山田洋次と。。。あっ山田洋次って◎$×△◇●…(笑いながら赤くなる光石さん、可愛いheart04)」(笑)「山田洋次さん、山田洋次先生と、先生と!相米さんにはね。」
「怒られた?」
「でも、お2人とも終わってからはすっっっごい優しい方でしたけどね。フォローしてくださって。。。」
「んじゃもう、回るとっていうか。。。ってそもそも回るの?」
「回らない、回らない。」
「回らない?」
「回らない。全く回らない。」
「全く回らない。僕、相米さんの話を寺田農さんからお聞きした事があってめちゃくちゃ面白かったんだけど、寺田さんが『セーラー服(と機関銃)』の時に現場に行ったら、延々回らなくて、10時間とか回らない。」
「待ってるんだよね。」
「で、寺田さんは日活のスタッフルームの方に行って、電話番やってたって。『はい、もしもし相米組でーす。』って。かけて来た方が誰が出るかと思ったら、寺田農が電話に出てた。それぐらい回らなかった。でも、その回らなかった側に研ちゃんもいたってことなんだよね?」
「いたっていうか、まぁ、ね、あんな役で、小さい役ですけど。」
「いや、大きいですよ。ずっとだって薬師丸さんの周りにいた。。。あれ、慎吾ちゃんもいたんだよね?」
「そうです。僕と柳沢慎吾さんと、あと岡竜也くんっていう3人がね。そういう役で。」
「大変だった相米さん?しごかれた?」
「しごかれたっていうか、とにかくね、(監督の口調のマネで)『はいダメ、帰れ』『帰れ、はいもう一回』『もう一回、はいもう一回』『タコ、はい帰れ、もう一回』」
「ここをもうちょっとこうしてとか。。。」
「そんなん言わないっす」
「こわーーーーい」
「こわいねーーー」
「それをスタッフも、じーーーーっと。。。で、俺らだけでこう考えるんですよ。走ってくるだけで『もう一回』だから『並び順がよくなくないか?』とか(笑)『あーーーって手を振た方がいいんじゃないか?』とかそういうことをやりつつ、全然回らないんですよ。」

<山川直人監督との出会いについて>

「BoBAは元々この業界に興味があったわけ?だって、最初国鉄職員だもんね?」
「ま、最後はJR。」
「JRになって。」
「でも、東京に出てらっしゃったのは就職されるために出てらっしゃった。。。」
「いや、もう脱サラして出てきた。」
「脱サラして、役者を志されたんですか?」
「そのさっき言った山川さんの作品の時は、まだ社員の時に有給休暇で参加して、で、やっぱり北海道ロケに一週間くらい参加して、やっぱ楽しかったんです。」
「子供の頃から、『あそこのスクリーンの中に出たいな~』とかそういう訳ではなかったんですか?」
「実際にその、山川さんとか映画監督の人と知り合うまでは、考えもつかなかったですね。その。。想像がつかない。」
「じゃあ、なんで出たの?」
「それはね、山川さんの映画が好きで。『ビリー・ザ・キッドの新しい夜明け』とか『SO WHAT』、特に『SO WHAT』見た時に、主人公のラストシーン見て俺泣いたんですよ。それで、山川さんがその。。僕当時愛知県にいて、名古屋の映画館にトークとかしにくるじゃないですか、特集があったりとかして。ま、ちょっと怖いファンですよね?出待ちしてる」(笑)
「BoBAさん出待ちしてたらちょっとドキッとしますよね」(笑)
「それで、主催の人に『これから打ち上げあると思うんですけど、よかったら交ぜてもらえませんかね?』とか言って、それで山川さんの前に座らせてもらって話をさせてもらったのが最初の。。ま、出会い。」

。。。とここで一旦2010年公開の新作映画紹介が入りました。

続きはまた後日~wink

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